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ゴルフ賛歌

これは開業して間もない頃、ゴルフに熱を上げていた当時のエッセイです。平成12年にシングル入りしてからはますます熱中していましたが、平成17年に首を痛めたのをきっかけに第一線から引退し、今はもっぱら枯れたゴルフを時々楽しんでいます。

医者になったばかりの研修医の時、医局のゴルフコンペにお誘いがあり、同僚の先生たちと2回ほど練習場に通っただけで、軽い気持ちで初ラウンドに臨みました。当時の私には、ゴルフなどどうみても軟弱なおじさん連中のお遊びにしか過ぎず、到底スポーツとは認めたくない代物でした。
 コンペ当日はすがすがしい秋晴れに恵まれました。初めてみる本物のゴルフ場、その広さと美しさにまず魅了されました。ペエペエの研修医には場違いな贅沢な空間でした。
 そしていよいよ、ティーアップの時が来ました。初めて立つティーグラウンドは、なだらかな打ちおろしのホール、あたりは静かな森のたたずまいです。ひんやりとした空気のなか、朝日のぬくもりを浴びて朝もやが少しずつ消えていきます。広い緑のフェアウェイの彼方にはグリーンと赤いピンフラッグがぼんやりと浮かんでいます。足元にはこじんまりと、小さな白いボール。これらすべてが、自分一人のティーショットのためだけに用意されているのです。なんて素敵な風景だったことでしょう。「こんなにすばらしい大自然の空間を独り占めできるなんて、、、。」私がゴルフの虫に噛みつかれるには、ティーショット以前にもうこれだけで十分でした。当然スコアは惨憺たるものでしたが、思い切りボールをぶっ叩いて走り回ってとにかく無性に楽しかったのを覚えています。今思えば、これが私のゴルフ人生の始まりでした。
 このように私にとってはプレーする以前から、すでに十分魅力的だったゴルフなのですが、本当の醍醐味はやはりプレーそのものにあることは言うまでもありません。200m以上もはるか遠くまでボールを飛ばし、目標地点に運ぶ。微妙な距離を、繊細な感覚でグリーンに乗せて寄せる。グリーン上で転がるラインを予想して狙ったところへ球を転がしホールに入れる。プロのトーナメントなど見ていると、本当に簡単そうに見えますが、実際やってみると本当に難しく奥が深いことが直ぐわかります。  狙ったとおりに球を打ち出すために、スイングにはいろんな理論がありますが、これこそ決定版というような理論はなく、百人百様の打ち方があり、練習の中で試行錯誤して自分に合う打ち方を身につけていくしかありません。なかなか思うようにいかず難しいからこそ、夢中にさせられてしまいます。思い通りにいかないからこそ面白く、思い通りにいったときの喜びは格別なのです。時にまるで自分の意志が乗り移ったかの様にボールが糸を引くように目標に向かっていくことがあり、このような時は身震いのするような快感を覚えます。
 さらに面白いのはゴルフには一つとして同じ状況のショットはないということです。自然条件、ボールのライ、ピンの位置、芝の状態、グリーンの傾斜、プレーヤーのコンディションなど数限りない組み合わせがあります。特に風の影響は大きく、なかなか計算どおりにはいきません。従ってすべてを完璧にプレーすることなど不可能ですが、これこそ、ゴルフが飽きの来ないスポーツと言われる所以であります。
 また、ゴルフはよく人生に譬えられます。山あり谷ありで、1ラウンドの間にプレーヤーに実にさまざまな感情を抱かせてくれます。同伴競技者との心理的な駆け引きも時にはあります。歓喜、落胆、安堵、怒り、不安、屈辱、緊張、劣等感、優越感などわずか4~5時間の間にこれだけめまぐるしく次々といろんな感情に支配されるゲームは他にはないでしょう。しかもこれらの感情をすべて自分ひとりでコントロールして、次々と起こる難題に対処していかなければいけないところが面白いところです。誰も邪魔はしません、結果はすべて自分ひとりの責任です。誰のせいにもできません。
 さらにゴルフは、運、不運に大きく左右されるところがありますが、これもまた人生と通じるところがあり、面白いところです。最高のドライバーショットを放ったつもりがディボットにはまっていたり、OBと思われた一打が木に跳ね返ってフェアウェイに戻っていたりなどということが起こります。でも、どんな結果もすべてありのまま受け入れるしかありません。すべて自分のまいた種です。順調なときでも驕らず、不運に会っても腐らず平常心を保つこと、自分の力量に応じた無理のない一打一打を積み重ねていく忍耐強さが要求されます。しかし、ときには起死回生の一発を狙う醍醐味もあります。まさしく人生の縮図といってもいいでしょう。
 ゴルフはまた、人それぞれ或いはその時々によっていろんな楽しみ方ができるということも大きな魅力です。気のおけない仲間との戯れながらのラウンドもよし、一打一打に神経をすり減らす真剣な競技もよし。そして年齢、性別、技量に関係なく皆一緒に楽しむことができます。

 以上、ゴルフのいいことばかりを並べてきましたが、このようにゴルフがあまりにも魅力的であるが故に最近困っていることがあります。それは私に喰いついたゴルフの虫が年々成長増大し、ついには私の脳細胞までをも食い荒らしにかかったのではないかと思われる節があることです。今回この寄稿文を頼まれたときも、気の利いたエッセイをと思うもののなかなか題材が浮かばず、改めて着実に痴呆化が進行しつつある恐怖を感じたのでした。これからは読書の虫とはいかないまでも書斎で過ごす文化的な時間を増やし脳を活性化して、バランスのとれたゴルフの虫を目指したいと思っております。

平成9年10月  鯖江医師会 会報誌より

 

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